我々の原点

「お年寄りの笑顔が溢れるコミュニティ」を
我々とともに。

「Benesse=よく生きる」 を企業理念に掲げ、教育のベネッセとして
「赤ちゃんからお年寄りまで
一人一人の向上意欲を支援する」

を基本方針としています。

幸せになること、それは
「人生の達人であるお年寄りの
笑顔溢れるコミュニティで暮らす」

ことであると、私たちは信じています。

「年をとればとるほど幸せになる」
ベネッセスタイルケアの介護事業は
これらを体現する象徴的な事業です。

ベネッセホールディングス名誉顧問 福武 總一郎

ベネッセホールディングス名誉顧問
福武 總一郎

我々の原点

企業の方向性を“人を軸とする”と定め、1995年福武書店からベネッセコーポレーションに社名を変更し、現在のベネッセを確立した福武總一郎の「実体験が強い信念」となり、「教育のベネッセから生み出される人財」、そして、瀬戸内海の島々での活動における「お年寄りの笑顔が財産」となり、介護事業の原点を形成していった。

介護事業を本気で決意したのは祖母の介護体験から

1989年、当時福武書店の社長であった福武總一郎の祖母が他界。これより一年ほど前から訪問介護をお願いしていたが、祖母とうまくいかず、三人目のヘルパーとの出会いで初めて安心した幸せな表情を見ることができたという。

この時、福武はあてがいぶちの画一的なサービスではなく、一人ひとりの個性、好みが違うのだから、民間企業こそが介護サービスを実施すべきだと感じるとともに、「年をとればとるほど幸せでなければならない」という強い信念をもったのである。

看護・介護の学校再建を引き継ぐベネッセスタイルケアの「人づくり」

1986年、福武は岡山城北学園の理事長となり、学校の再建を担った。21世紀の超高齢化社会を支えるプロ人財が育ち、思いやりのある子どもたちが育つように。との願いから従来の看護課に加え、介護福祉士の養成課程をもつ社会福祉課を1989年に設置した。ベルのように心を響かすことができ、感性豊かに。という思いを込めて、1998年にベル学園高等学校*へ改称。(*現、創志学園高校)

これを脈々と受け継ぎ、ベネッセスタイルケアが行う介護事業では、スタッフ教育を重要視している。認知症や介護技術の研修に留まらず、“顧客中心・信用第一”の理念教育を繰り返し行い、「自分や自分の家族がしてもらいたいサービスの提供」を常に念頭におき、教育のベネッセが行うからこその「その方らしさに、深く寄りそう。」介護サービスを行っている。

お年寄りの笑顔溢れる「コミュニティづくり」が独自性であり、信頼性

瀬戸内海の島々は、日本の近代化や戦後の高度成長を支え、かつ負の遺産を背負わされた場所であった。直島や犬島では煙害が発生し、豊島では産業廃棄物の不法投棄が行われていた。

福武は“在るものを活かし、無いものを創る“を信条に、直島等の瀬戸内の島々に、現代社会を批判するメッセージ性をもった魅力的な美術館を置くと、地域が変わっていくのではないか。という思いを強く抱き、1992年、直島に美術館とホテルが一体となった「ベネッセハウス」を開設。これを皮切りに、1997年 「直島の家プロジェクト」、2004年「地中美術館の開館」、そして、2010年には福武自身が 「瀬戸内国際芸術祭2010」の総合プロデューサーを務める等、長きにわたり実践を続けてきた。

今では、現代美術を見るために、多くの若者が訪ねて来るようになり、都会では得られない地域の良さを発見するとともに、彼らとの交流により土地の人々、特に地域のお年寄りがどんどん元気になっている。

我々が目指すのは「人生の達人であるお年寄りの笑顔溢れるコミュニティで暮らす」こと。これは不安で将来が見えない若者にとって、笑顔のある将来の自分たちの居場所がある。ということでもある。だからこそ、我々は果敢に挑戦し続ける。この活動実体こそが、我々の信頼であり、我々が世界に類を見ない企業であることを示す独自性である。

「介護のプロフェッショナル」としての
社員一人ひとりの成長をともに描く